2017/11/13(月)晴のち雨

 

こんにちは.

今日は晴から雨への急変とそれに伴う気圧の降下で無になっていました.気圧は低下かもしれません.最近日本語がどんどんわからなくなっています.

最近特に日記を書いていなかったのは何かあったとかではなく,何もなかったから書くこともないというだけの話です.行きたい展はたくさんあるのですが,まとまった時間がないので行けていないというのが現状です.

さて,では何を話すのかというと,日本語の話です.

 

冒頭からずっと句読点を「,.」で代用しているわけですが,最高に面倒ですね.この表記を日常的に用いているみなさんは一体どうやって入力しているんでしょうか.フリック入力であれば英字キーボードで打てる気もしますが….(これは4点リーダではなく3点リーダ+ピリオドです.どうでも良いですね.)

主に論文で見かける(気がする)この表記,一体どこから始まったんでしょうか?疑問符も半角の方がいいのかな.全然わからない.俺たちは雰囲気で「,.」を使っている.

 

crd.ndl.go.jp

 

これが回答です.ぼくは国会図書館に全面的な信頼を寄せています.

さて起源はわかりませんが理由はわかりましたね.わかったからといって使いたくはありませんが.

ぼくは字間が詰まると息苦しさが発生してしまうように思います.ビジュアルというのはその文章の雰囲気に大きな影響を与えてしまうので.余白の美しさ,とでも呼ぶべきものがあって,コンマとピリオドによる表記はどうにもそれを損ねてしまっているような感覚があります.書かれた文章ですからもちろん声に出す必要はないのですが,呼吸の間を失ってしまう.「間」とか「余白」「余韻」といったものを感じられない,言ってしまえば色気のない文章に見えてしまう.それは論文やレポートに多く用いられることによる印象かもしれませんが.

 

もうこの表記はつらいのでやめにします。

句読点が一番ですね。ぼくはTwitterではほとんど句点は使いませんが。短文を小さな画面で見るという環境においては改行を多く取り入れなければ読みにくい気がしてしまいます。呼吸という面から考えると、改行は最も大きな呼吸であると思います。改行がなくなるとお経的というか、一様で平坦な雰囲気が生まれてしまう。あと早口っぽいですね。

それから3点リーダを「。。。」というように句点で置き換える表記も稀に見られますが、これは嫌いではありますが違和感は覚えません。多分「間」であることが理解できるからだと思います。3点リーダは語気の弱さを示すとともに間も表現します。沈黙の表現にも用いられる場合がありますね。句点は文の終わりを示すわけですが、それが終わるためにはある種の沈黙が必要です。つまり間ですね。文法としてはおかしいですが、言葉が連綿と続いていくシーンにおいては文の終わりであっても読点が適切なように思います。これは個人的な体感でしかないので理解できない人もいると思いますが、それはそれで。

ぼくは話すときにも句読点は意識していて、それは間で表していますし、こうやって書いているときにも口に出せるように(もしくはぼくが話しているように)文章を書いているつもりなんですが、バカだから話し言葉と書き言葉の区別がついていないだけという可能性もある。これ何の話でしたっけ。勢いで書いているからすぐに忘れてしまうんだ。何の関係もない話っぽいですね。

まぁきちんとした書き言葉なんてレポートと論文の中でだけ使っていたら良いのです。それにおける句読点が問題なわけですが…。(間+間の表現)もう何が言いたいのか全くわからなくなってしまったので終わりにします。とにかく句読点LOVEということです。

 

おわり。