2017/11/4(土)晴

 

こんにちは。

三連休ですね。お出かけ日和です。そしてぼくは蟄居しています。人混みが極端にダメという性質を持っているので人の少ない平日や悪天候の際にウキウキで出かけます。あとは用事。それが明日です。友人数名と新宿に行って映画を観ますが、明日の話は明日にしましょう。

  

そしてこれが今日の話です。

 

 

これは何かというと香水です。香水が何かという説明は流石に必要ありませんね。今日は引きこもって香りの変化を楽しんでいたのでその話です。その話しかしません。外出していないので。それからいくら日記とはいえ、ひとつのエントリに複数の内容を突っ込むのはあまり良くないという気づきがありました。そういうことでなるべくそのようにします。

 

何を隠そうぼくは香水が好きです。アルコールの揮発と供に立ち現れては消えていく香りの数々はまさに時間の芸術であると思います。

時間の芸術といえば音楽ですが、音楽の良さもようやくわかるようになってきたような、そうでないようなそんな感じです。多分まだわかっていない。詞はともかく、曲はエモ以上の感想が出てこないの本当に語彙が貧しいという感じなのでなんとかしたいですね。ある芸術を語るためにはそれに適した語彙が必要だなというのは絵画で散々感じました。その辺りに関してはマシになってきていると思っているんですがどうでしょうか。話が逸れ放題ですね。修正していきます。

さて香水ですが、ぼくは香りを語るための適切な語彙を持たないので多分このエントリではその魅力を十分に伝えることはできないでしょう。それでもほんの少しでもみなさんが香水に興味を持ってくれたらいいなと思って書いています。もし香水めっちゃ詳しい人がいたらぼくを弟子にしてくれ。そういうわけで話は香水に戻りました。続けていきましょう。

 

今回買ったのはイッセイミヤケの「L'EAU D'ISSEY(ロードイッセイ)」です。「水」をテーマにして作られているそうです。そういう背景についてはここを読んでください。

cahiersdemode.com

 

以下所感。

つけた瞬間にかなり強いフローラルな香りが目立ちます。それは華やかさではなく大地の芽吹きとでもいいましょうか、力強さを帯びたフローラルさです。

10分程度でそれは収まり、代わりにみずみずしさをいっぱいに感じる瓜のような香りが静かに主張し始めます。「スイカのような〜」と言われているのはおそらくこの香りのことでしょう。そして、先のフローラルさは決して失われることなく、この香りと並存しながら漂います。いきなり取って代わられるのではなく、次第に入れ替わっていく感じ。このじわじわと顔を見せてくる感覚が奥行きを感じさせます。

フローラルな香りも一様ではなく、いくつかの花の香りが(残念ながらこの香りを全て嗅ぎ分けられるほど鼻が良くない)混ざりながら顔を見せては沈んでいき、次第に一つのゆったりとした甘さのある香りへと収斂していきます。この頃には随分と香りも弱くなってしまい、嗅がなければわからない程度の存在感になります。だいたい5時間くらいは持つ感じでしょうか。

 

「水」というテーマであっても、海や川といったそれではなく、水辺の草原というような印象を受けました。もっといえば植物や大地がその内側に湛えた水なのではないかなと思います。循環する水の性質を描き出そうとしている感じがします。

もう少し抽象的な印象としては「流れる何か」(おそらくこれが水)を乳白色の薄い膜越しになぞっているような感覚がありました。それは靄がかかっているとか濁っているとかいうわけではなく、流れ自体には触れられずに、それを感じるだけというか。うまく表現できませんね。語彙が足りないのが悔しい。おそらくこの感覚はかなり瓶のデザインに引っ張られていて、マット気味なシルバーのキャップやすりガラスの本体のイメージと重なっているのでしょう。お気付きの方もいるかもしれませんが、というかいるのですが、この製品は女性向けに販売されているものです。この見た目に完全に惚れ込んでしまって買ってしまいました。速度がやや出すぎてしまった。hommeは普通に四角いのでいまいち面白くないので微妙ですね。香水瓶の収集家もいるくらいデザインは大切なのです。まぁ最悪インテリアなので良い。香りに関しては外出用ではないので許してほしい。香りを楽しむのに性別は関係ないのではと思います。これもぼくが美少女に生まれていたらなんの問題もなかったのだと思うと悔しいですね。ジェンダーレスとは美形のみが得ることのできる性質です。このあたりは私信です。某氏もわかってくれたかと思います。まぁわからなくても良いのですが、感性なので。

さて「万物のアルケーは水である」といったのはタレスですが、このとき指しているのはH2Oとしての水ではなく、存在を組成するものとしての意味合いが強かったという説もあります。そしてアルケーであるということは「そこから来てそこへ帰る」という性格を持ちます。それは具体的な場所としてではなく観念的なもの。つまり重なり合う状態にありながらも触れられないものであるわけです。そういう意味では、これはタレス的な解釈がなされた作品なのかもしれませんね。わかりません。かなり適当なことを言っています。これは少々そうだったらいいなというぼくの願望が前面に出すぎている感もある。

基本的にあらゆるプロダクトは哲学的や思想的なインスピレーションを受けて誕生してほしいという願望があります。そういえばフロイトの「不気味なもの( Das Unheimliche)」にインスピレーションを受けた香水があるらしいんですが、あるらしいということしかわからないので嗅ぎにいくしかねぇなと思っています。やっぱり文字で香りを伝えるのは限界があると思います。そして多分買えない。高いので。

UNHEIMLICH – THE LIMITED BLACK EDITION- - doinel/ドワネル

これなんですが、50mlに¥25000をポンと出せる富豪がいたらぼくに買い与えてください。

 

 

おわり。