2017/10/29(日)雨

 

こんにちは。

挨拶は単体で機能します。

 

桜木町で映画を観るという計画は寝坊によって呆気なく頓挫し、代わりに美術館にGOしました。

ちなみに「桜木町で映画を観る」というのは横浜ブルク13イオンシネマみなとみらいに行くことを指し、「みなとみらいで映画を観る」の方が適切なのでは?という説がありますが、ぼくはみなとみらいの正確な範囲を理解していないので利用する駅名である桜木町を用いて表現します。

どうでもいいですね。展覧会の話をします。

 

bunkamuraに行きました。『ベルギー奇想の系譜展』以来なので展の内容的には続けて行っていることになりますね。この次の『ルドルフ2世の驚異の世界展』も行くつもりでいます。Wunderkammer好きなので。もちろん『アルチンボルド展』も行きました。あれは良かったですね。Wunderkammerというか奇想的な作品全般に言えることですがコンテクストへの理解が甘くても作品それ自体にパワーがあるので許されそうなところがあり、初心者に優しいですね。

以前に「絵画はコンテクストが10割」とか言っていたのは忘れてください。そうではないものもあります。いい加減今回の展の話を始めましょう。

 

今回の展はかなり良かったのでぜひ観に行ってもらいたいという気持ちがあり、画像は貼らない方向でいきます。観に行ってください。

『オットー・ネーベル展』ということですが、お恥ずかしながら今回の展で初めて知った方です。「シャガールカンディンスキー・クレーの時代」という副題に惹かれて行くことにしました。カンディンスキーは好きです。洒落ではなく。

基本的に抽象画はわからんので具象画の方が好きでなおかつわかりやすい古典的な(古典趣味な)作品の方が好きなんですが、なぜかカンディンスキーの「コンポジションⅧ」には心を奪われてしまいました。それ以来多少、抽象画も観るようになりました。そして今回で完全に恋に落ちてしまったのでこれからは抽象画大好きマンとして生きていきます。

さて、オットー・ネーベルですが、作風は一見するとクレーやカンディンスキーと同じように見えますが、特筆すべきはその独特のテクスチャで、幾重にも重ねられた絵の具が織りなすそれはクレーやカンディンスキーの一様でなめらかなそれとは全く異なるものです。この点については展内のビデオでも触れられています。

異常なまでに細かく小さな筆触で描かれるそれはどこか点描を彷彿とさせますが、あくまでキャンバスの上で色のハーモニーを成していて、単色の色点を人の目を通して混色する点描とはまた違うものを感じさせます。もしかしたら着想はその辺りから得ているのかもしれませんが。

また、それによって得られるグラデーションは抽象画が陥りがちな単調な平面性から脱することを可能にし、そこには独特のリズム感を見て取ることができます。どうにもネーベルは色彩に関して非常に敏感だったように思われます。それは「イタリアのカラーアトラス(色彩地図帳)」という作品からもわかります。この作品はネーベルがイタリア各地の街を訪れ、そこにある色彩を大小の四角形の組み合わせに抽象化し、カタログのようにしたものです。これが実に美しく、ぜひともレプリカが欲しいのですが見事に存在しないのでどこか出版してくれないものでしょうか。イタリア旅行をもしするならば必携ですね。これと実際の街を見比べる旅行とか絶対やりたい。イタリア語は話せません。英語もドイツ語も無理。日本語が精一杯です。作品の話に戻りましょう。

色彩の話をしたので形の話をしたいと思うのですが、します。ネーベルは建築を学んでおり、そのためか街並みの抽象化が非常に上手いです。最低限必要とされる線を理解している描き方というか、全体としてみるとそれが建築物であることが理解できるラインで描いています。これが非常に良い。

前述の色彩と相俟って混然一体とした不思議な雰囲気を醸し出しつつもそれが現実の延長にあることを知らせてくれます。

ネーベルはいくつかの作品に音楽的なタイトルをつけていて、「アニマート」「ドッピオ・モヴィメント」などがあります。絵画と音楽といえばカンディンスキーですね。カンディンスキーなんですよ。彼の著書を読むと良いです。『点と線から面へ』はちくま学芸文庫から出ているので買いやすいと思います。そして彼はちくま学芸文庫で出ていない著書『芸術における精神的なもの』の中の一説で「音楽の音色は魂へと直接に通じる。人間は『自らの内に音楽を持っている』ので、音はそこで即座に反響を得るのだ。」と述べています。以前「ピアノアレンジ、クッソエモいんだが」という内容の話をしましたが、そういうことです。

そして、その音楽の持つ「響き」を絵画にも取り入れようとする実験的な試みが『コンポジション』シリーズなどにも現れているわけです。その影響が実によくみられます。「響き」の概念はぼくもいまいちわからないままにこの文章を書いています。つまり雑なことを言っているということです。誤解があったらすみません。

まぁとにかく音楽性を取り入れようとしていたことは確かです。それはある対象を抽象化していた今までの作品とは違い、最初から抽象的なものを描き表そうとするものです。そしてネーベルはルーン文字を作品に取り入れていくわけですが、このあたりの作品にはあまり惹かれなかったので割愛します。文字に神秘性を見いだすというのは梵字曼荼羅などにもみられるものですね。梵字は未だ読めません。

その後、近東に旅行し、そこで感銘を受けて「近東シリーズ」と呼ばれる一連の作品を作るのですが、それにもあまり惹かれなかったので割愛します。

展のラストを飾るのは劇場に関する作品群です。(ネーベルは俳優としても活動していました。)しかしこれもあまり…。ちょっと非対象抽象画が良すぎたので…。

そんなことを言いつつも、ぼくが今回一番美しいと思ったのは『煉瓦の大聖堂』です。タイトルからもわかるように対象を持つタイプの作品です。大聖堂の外壁のスリットから内部が少し見えているのですが、この対比が実に良い。煉瓦の部分は非常にソリッドな筆触で描かれていて、色彩的にも一様で現実らしさを備えているのですが、大聖堂の内部は全く違います。グラデーションの多用によって異界を感じさせますが、整然としたステンドグラスが同様に整列している煉瓦と親和性を持ち、ギリギリそれを現実に繋ぎ止めます。そのバランスが美しい。

「つりあい」はクレーのテーマでもあったようですが、ネーベルの感覚も実に素晴らしいものがあります。語彙力が雑魚なので良い・すごいしか言えないのですが、本当に観て欲しい作品です。ぜひ観に行ってください。

bunkamuraは渋谷の東急にあります。ハロウィーンも過ぎたので人もそれなりに減っていることでしょう。ぼくはハロウィーン直前の日曜に行ってしまったので街が混んでいて終わってしまいました。

 

 

おわり。